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「いじめの記憶、愛子の原点」
  朝日新聞 2002年2月9日日刊より抜粋





上村選手(モーグル) 自分を信じ 逃げない

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手袋を脱いだ左手のつめは赤く塗られ、親指から順に「A」「I」「K」「O」の黄色い文字と「ハートマーク」があった。上村愛子は、よくつめを飾る。
張りつめた海外遠征の数少ない楽しみだ。
「超かわいいでしょ?右手にも塗りたいけど、左手では書けないですからね。アッハッハ」
身長155センチ。あどけなさの残る22歳はコースに出ると別人になる。世界一と言われるリズムで、コブだらけの斜面を一気に駆け降りる。
「ああいう経験をしたから、今の愛子があるのかな」

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いじめが始まったのは、いつだったのか。母・圭子さん(50)には思い当たる節がある。
兵庫県伊丹市からペンションを経営するために、一家で長野にやってきて小学1年のとき、白馬村に引っ越した。
初めて登校する日、フリルのついたブラウスにスカートを着た。まわりは体操着での通学が普通だった。
「あの子、スカートはいている」と、はやし立てられた。
一週間、学校を休んだ。

クラブ活動でスキーに出会った。楽しかった。
「選手になって、オリンピックにでる」。そう作文に書いた。小学5年の冬、いじめはエスカレート。置いたはずの手袋がなくなった。探すと、中に雪が詰められていた。スキー板の滑走面も傷つけられた。
「自分が悪いとは思わなかったし、そんなことをする人と仲良くしようとも思わなかった」
練習中はいじめの相手を避けるように、コーチの後ろを滑った。部室で一人になると「私はなんでここにいるのかな」と考え込んだ。

「人に嫌がられること、悪いことをしていないのなら、もっと強くなりなさい」。母の言葉だけが支えだった。
中学一年の夏、スキー部を辞めた。一人で練習し、冬には基礎スキーの「1級」の資格をとった。1年後、モーグルに出あった。空中にジャンプし、ターンを繰り返す。のめりこんだ。

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スキー操作の正確さとバランスの取れた体の動きで、急速に力をつけた。
4年前の長野五輪で7位に入った。18歳の少女は白銀の中で、金メダルの里谷多英に抱きつき涙を流しながら祝福した。
「自分が間違っていなければ、信じる通りにすればいい」
指導を受けるステファン・ファーレン・コーチとは、時に言い合いのけんかもする。ファーレン・コーチが言う。「愛子は重圧がかかっても大丈夫。自分をコントロールするすべを身につけている」
昨年1月の世界選手権で銅メダル。昨季はW杯総合2位まで上りつめた。

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「逃げ出したっていい、それで乗り越えられれば、もっと強い人になれるのかも知れない」。そう思えるようになった。
五輪会場ディアバレー・スキー場に立ち、平均30度の急斜面を滑り降りる自分の姿を4年間、想像してきた。
スタート台からは決して逃げない。

「プレッシャーは絶対に感じるはず。でも、自分の中の限界の滑りをしたい」

9日(日本時間10日)、その時を迎える。(ソルトレイクシティー=樋口 太)