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「はたしてこのままでいいのか」
何度自問自答しても見えなかった解答を、先人の言葉が解き放ってくれる。どんなに時代が進もうとも、いつの時代もバカは一緒。根源にある悩みや感動、気持ちなんかはたぶん同じなんだろう。





かもめのジョナサン
リチャードバック著 五木寛之訳 新潮社1970

朝だ。
しずかな海に、みずみずしい太陽の光が金色にきらめきわたった。

岸からやや離れた沖合いでは、一隻の漁船が魚を集めるための餌をまきはじめる。すると、それを横から失敬しようという<朝食の集い>の知らせが上空のカモメたちの間にすばやくひろがり、やがて押しよせてきた無数のカモメの群れが、飛びかいながらわれがちに食物のきれはしをついばみだす。今日もまたこうして、生きるためのあわただしい一日がはじまるのだ。

だが、その騒ぎをよそに、カモメのジョナサン・リヴィンストンは、ただ一羽、船からも岸からも遠くはなれて、練習に夢中になっていた。
空中約三十メートルの高さで、彼は水かきのついた両脚を下におろす。そして、くちばしを持ち上げ、両方の翼をひねるようにぎゅっとねじ曲げた無理なつらい姿勢を、懸命にたもとうとする。翼のカーヴがきつければきついほど低速で飛べるのだ。そして、いまや彼は、頬をなでる風の音が囁くように低くなり、脚もとで海面が静止したかと見えるぎりぎりのところまでスピードを殺してゆく。極度の集中力を発揮して目をほそめ、息を凝らし、強引に・・・・・・あと・・・・・・ほんの・・・・・・数センチだけ・・・・・・翼のカーヴを増やそうとする。その瞬間、羽毛が逆立ち、彼は失速して墜落した。

言うまでもない事だが、ふつうカモメというやつは空中でよろめいたり、失速したりするものではない。飛行中に失速するなどということは、彼らにとって面目を失うことであるだけでなく、恥ずべき行為ですらある。
ところがジョナサンは恥ずかしげもなく飛び上がると、またもや翼を例の震えるほどのきついカーヴにたもち、ゆっくりと速度を落としていくのだった。おそく、さらにおそく、なおもおそく−−そして彼はふたたび失速し、海に落ちた。どうみてもこれは正気の沙汰ではない。

ほとんどのカモメは、飛ぶという行為をしごく簡単に考えていて、それ以上のことをあまり学ぼうなどとは思わないものである。つまり、どうやって岸から食物のあるところまでたどりつき、さらに岸まで戻ってくるか、それさえ判れば充分なのだ。すべてのカモメにとって、重要なのは飛ぶことではなく、食べることだった。だが、この風変わりなカモメ、ジョナサン・リヴィストンにとって重要なのは、食べることよりも飛ぶことそれ自体だったのだ。そのほかのどんなことよりも、彼は飛ぶことが好きだった。

彼は実際、おかしな練習に熱中していた。たとえば、海面からの高さが自分の翼の長さの半分以下という超低空で飛んだりもするのだ。そうすると、なぜだか理由は判らないが高いところを飛ぶ時よりもかえって少い力ですみ、滞空時間も長くなるのである。また、彼が滑空を終えて着水するときには両脚を海中に突っ込みバシャンと水をはねあげる普通のやりかたではなく、両脚を胴体にぴったり流線型にくっつけたまま水面に接触するので、海面にはきれいな航跡が残るのだった。そのうち、彼が脚をあげたままの格好で浜辺に胴体着陸をおっぱじめたあげく、砂についた自分の滑りあとを歩測するような真似までやりだした時には、両親もさすがに呆れかえって、がっくりきたものだ。

「なぜなの、ジョン、一体どうして?」母親は息子にたずねた。
「なぜあんたは群れの皆さんとおなじように振舞えないの?低空飛行なんて、そんなことペリカンやアホウドリたちにまかせておいたらどう?それに、どうして餌を食べないの?あんたったら、まるで骨と羽だけじゃないの」
「骨と羽だけだって平気だよ、かあさん。ぼくは自分が空でやれる事はなにか、やれない事はなにかってことを知りたいだけなんだ。ただそれだけのことさ」
「いいかねジョナサン」と、説いて聞かすような口調で父親が言った。
「まもなく冬がやってくる。漁船も少くなるだろうし、浅いところにいる魚もだんだん深く潜ってゆくようになるだろう。もしお前がなにがなんでも研究せにゃならんなら、それは食いもののことや、それを手に入れるやり方だ。もちろん、お前のその、飛行術とかいうやつも大いに結構だとも。しかしだな、わかっとるだろうが、空中滑走は腹の足しにはならん。そうだろ、え?わたしらが飛ぶのは食うためだ。ひとつ、そこんところを忘れんようにな。いいか」
ジョナサンは素直にうなずいた。そしてそれからの数日、彼はほかのカモメと同じようにやってみようと頑張った。実際、彼はやってみたのだ。桟橋や漁船の周囲を、群れの仲間たちと金切り声をたてて争いながら飛び回り、パンくずや魚の切れはしめがけて急降下したりしてやってみた。しかし、彼にはやはり無理だった。
こんなことが一体なにになるというんだ、と考えて、彼はやっと手に入れた小イワシを追いすがってくる腹ぺコの年寄りカモメにぽいっと落っことした。その気にさえなれば、こんなことをしている間に飛ぶことの研究がいくらでもできるんだ。おぼえなきゃいかんことは、それこそ山のようにあるというのに!

ジョナサンは再び群れを離れた。そしてただ一羽、はるかな遠い沖合いで、飢えながらもしあわせな気分で、練習を再開した。
















上記の書籍写真はキャプチャーし、冒頭の文章部分を正確に抜粋したものです。
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